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岐阜地方裁判所 昭和49年(ワ)332号 判決

原告 古田長

右訴訟代理人弁護士 福永滋

右訴訟復代理人弁護士 松川正紀

被告 国

右代表者法務大臣 倉石忠雄

被告 加藤康夫

被告ら訴訟代理人弁護士 関口宗男

被告国指定代理人 高崎武義

〈ほか三名〉

主文

被告らは原告に対し、各自金二〇二五万四〇七四円及びこれに対する昭和四九年九月一四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを七分し、その三を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金三五〇〇万円及びこれに対する昭和四九年九月一四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  原告の請求を認容し、仮執行の宣言を付するときは、担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求める。

第二当事者の主張

一  原告の請求の原因

1  原告は被告国との間で、昭和四七年五月二九日、被告国の開設する国立療養所岐阜病院(以下「岐阜病院」という。)において原告の縦隔につき縦隔鏡検査をなすことを目的とする診療契約を締結し、同日、同病院に入院した。

2  当時岐阜病院に勤務する医師であった被告加藤康夫(以下「被告加藤」という。)は、同月三〇日、担当医として原告に対し縦隔鏡検査を施行した(以下この施術を「本件検査」という。)。本件検査の方法は、胸骨上窩部の皮膚に三ないし四センチメートルの横切開を加え、気管の前面に沿って縦隔鏡を進め、前部縦隔の病変、気管側リンパ節などを観察し、右傍気管リンパ節、分岐部リンパ節、左気管気管支リンパ節を採取するというものである。

なお本件検査の結果、原告のリンパ節には異常がなく、腫瘍も発見されなかった。

3  原告は、本件検査直後から嗄声を来した。

4  この嗄声の原因は、原告の反回神経(左側は大動脈弓を迂回し、右側は鎖骨下動脈を迂回して気管と食道の間の溝を上行し、輪状甲状筋以外の喉頭筋に分布している神経)が損傷され左声帯麻痺を起したためである。

5  本件検査のごとき縦隔鏡検査の施行にあたっては、左傍気管リンパ節連鎖に沿って左反回神経が走っていることからして、気管左側方における気管固有鞘の剥離及び左傍気管リンパ節の生検には粗暴な操作を慎み、左反回神経の、直接あるいは間接の損傷を避止すべき注意義務がある。

しかるに本件検査を施行した被告加藤は、右注意義務を怠り、気管と気管固有鞘とを剥離するには指頭による剥離をなすべきであったのに盲目的剥離ともいうべき鉗子剥離を行ない、又最後に生検すべき分岐部リンパ節を剥離しながら生検しているのであって、かような粗暴な施術により原告の左反回神経を損傷し、嗄声を来したのである。

一方、被告国は、前記診療契約を履行するにあたり、被告加藤を履行補助者として本件検査をなしたものであるが、およそ縦隔鏡検査は縦隔を観察生検する方法であり、反回神経の損傷による声帯麻痺のような合併症を起すことなく施行されるべきものであるのに、右のとおり被告加藤の過失ある行為の結果原告に対して不完全履行をなしたものである。

6(一)  原告は、前記左声帯麻痺のため、発声が著しく制限され、大声を出すことや長時間の会話が不可能となり、又音声が不明瞭なため、話し相手が聞き取りにくく対人関係の維持が困難となるなど社会生活に不便を来し、さらに呼吸量の減少のため運動能力に著しい制限を受け通常の労働が不可能となった。

なお、原告の左声帯麻痺には現在のところ有効な治療方法はない。

(二) 原告は、かねて鉄工所を経営していたが、右後遺症のためこの仕事に従事することが不可能となり現在は無職である。原告の右後遺症による労働能力の喪失率は少なくとも五六パーセントである。

(三) 原告の得べかりし収入は、少なくとも賃金センサス全国性別年令別平均給与額表三五歳ないし三九歳の男子労働者の年間給与額を下らないところ、その額は、昭和四七年が一五八万七二〇〇円、同四八年が一八七万九七〇〇円、同四九年が二三九万七〇〇〇円、同五〇年が二七三万五九〇〇円、同五一年が二九八万九三〇〇円であるから、同五二年は同五一年と同額とすると、昭和四七年六月一日から同五三年五月三一日までの得べかりし収入は右の合算額の金一四五七万八四〇〇円となり、逸失額はその五六パーセントにあたる金八一六万三九〇四円である。

そして、昭和五三年六月一日以降も就労可能な二二年間は右の五六パーセントの喪失が継続するので、同五一年の平均給与額を基準としホフマン方式によって中間利息を控除して現在の損失額を計算すると金二四四〇万七〇三六円となる。

(年間給与額)2989,300×(喪失率)0.56×(ホフマン係数)14.580=24,407,036

(四) 原告はかねて鉄工所を経営していたが、前記後遺症のため商談もうまくいかず、右の鉄工所も閉鎖せざるをえなくなった。又退院後一〇数回見合いをしたが、主として嗄声が原因で結婚までに至らない。この原告が蒙った精神的苦痛を慰藉するためには少なくとも五〇〇万円が相当である。

(五) 以上の損害額を合計すると三七五七万九四〇円となるが、本件訴訟においては内金三五〇〇万円を請求する。

7  よって、原告は被告らに対し、被告国の債務不履行、被告加藤の不法行為によって蒙った損害額の内金三五〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和四九年九月一四日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払うよう求める。

二  請求原因事実に対する被告らの認否

1  請求原因1は認める。

2  同2は末尾の本件検査の結果の点を除き認める。本件検査の結果は、縦隔鏡の到達範囲内でかつ採取したリンパ節のみからは肉眼上悪性所見は認められないというものであった。

3  同3は本件検査の翌年である昭和四八年三月三〇日原告が岐阜病院に来院した時嗄声を訴えたことは認めるが、右発症の時期は不知である。本件検査後退院時まで原告の嗄声は認められていない。

4  同4は、左右反回神経の解剖学的位置及び反回神経の損傷によって嗄声が起こることは認めるが、本件検査と原告の嗄声との因果関係は否認する。

5  同5は冒頭の一般的な注意義務の主張は認めるが、本件検査に関しての主張はすべて争う。

6  同6は不知。

三  被告らの主張

被告加藤は、本件検査施行までに京都大学結核胸部疾患研究所及び岐阜病院の勤務を通じ、縦隔鏡検査の経験は四六例に及びその手技に熟達していたし、本件検査においてもその注意義務を十分遵守して検査を施行したものである。すなわち、本件検査では、気管固有鞘は鈍的に剥離し、剥離の範囲は気管後側に位置する反回神経にまで及んでいないし、縦隔鏡は気管と気管固有鞘の間に挿入され、左傍気管リンパ節については気管固有鞘の内側から視診、触診を行なって異常の有無を確認するにとどめているから左反回神経に損傷を与えることはありえない。

したがって、被告加藤の本件検査施行には過失がないし、被告加藤を履行補助者とした被告国は本件債務をその本旨に従って履行した。

第三証拠《省略》

理由

一  争いのない事実

原告が、被告国との間で、昭和四七年五月二九日岐阜病院において原告の縦隔につき縦隔鏡検査をなすことを目的とする診療契約を締結し、同日同病院に入院したこと、同月三〇日被告加藤が担当医として本件検査を実施したこと、及び本件検査の後(発症の時期については争いがある。)原告に嗄声を来したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  本件の事実経過

1  《証拠省略》を総合すれば次の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和四七年五月初め訴外古田医院でレントゲン写真を撮影したところ陰影が少し広いことが分った。そこで同月一七日県立岐阜病院放射線科の訴外奥孝行医師の診察を受け、レントゲン写真を撮影したところやはり縦隔の陰影が広いため、同月一九日同病院に入院したうえ精密検診を受けた。その結果胸部断層写真でも縦隔陰影が幅広く縦隔リンパ腺腫等の可能性があるということで、奥医師から縦隔鏡検査を受けることを勧められ、岐阜病院を紹介された。

(二)  原告は、同年五月二九日右岐阜病院へ赴き、同病院の訴外石原浩医師の問診を受けたが、全身状態の所見のうち嗄声についてはなしとされている。被告加藤は、前記奥医師の撮影した前記断層写真等及び重ねて岐阜病院で撮影したレントゲン写真を検討したところ、原告の縦隔には右側に幅広い陰影があるほか左側上部にも陰影が認められ悪性腫瘍等の存在が疑われたため、その究明には縦隔鏡検査が適当であると判断し、翌三〇日被告加藤が術者となって原告に対する縦隔鏡検査を実施することとした。

縦隔疾患の診断方法としてかねてから多方向レントゲン線撮影、気縦隔造影法、血管造影法等が用いられていたがいずれも間接的な診断の方法であり、直接的方法としての開胸検査は患者にとって大きな負担となっていたが、縦隔鏡検査はスエーデンのカーレンスが一九五九年に発表した診断方法で、直視下で腫瘍浸潤の有無を観察し、かつ縦隔内リンパ節の生検によって組織学的診断を下すことを可能とする患者の負担の小さい唯一の直接的内視鏡検査方法である。

(三)  本件検査の経過は次のとおりである。

同月三〇日午後二時四〇分、原告を仰臥位にして気管内挿管で全身麻酔をした後、午後二時五〇分手術を開始した。ケーブルを消毒して敷布をかけ、胸骨突起の上約一センチメートルの高さでその左右の突起間の皮膚に約三・五センチメートルの横切開を加え、浅頸筋膜を鈍的に破り、その下の胸骨舌骨筋及び胸骨甲状筋の二つの筋肉をそれぞれ左右に離して血管鞘、気管食道鞘から気管固有鞘に達した。次に気管固有鞘を正確に持ち上げ、まず示指を第一関節まで入れて(約二・五センチメートルの深さ)気管固有鞘と気管を剥離し、右剥離により生じた空間に縦隔鏡を挿入し、さらに気管と気管固有鞘を吸引剥離子で押えて剥離しながら、左右気管支移行部まで縦隔鏡を進めた。左の気管気管支移行部に脂肪の塊があったのでリンパ節は脂肪の中に埋まっているとみてその脂肪の一部を採取し、ついで気管分岐部まで剥離を進めて気管分岐部リンパ節の一部を採取し、次に右傍気管気管支リンパ節が小指頭大に腫脹していたのでその一部を採取した。(なお分岐部リンパ節は気管固有鞘内に存在するが、右以外のリンパ節は気管固有鞘の外、気管食道鞘の内側にあるので、気管固有鞘を鉗子の先で鈍的に破りリンパ節を露出して切除鉗子で採取するものである。)さらに縦隔鏡を前に移して胸骨の裏に入れたが胸腺腫瘍には到達しなかった。以上の検査を終えた後、出血は全くないことを確かめて抗生物質(ペニシリン)を散布し、創を縫合して、午後三時三〇分手術を終了した。

(四)  原告が、本件検査終了後意識を回復したのは前同日の午後八時半ころ管理室においてであったが、その際声を発することは殆んど不可能であった。原告が次に意識を回復したのは翌三一日午前九時半ころ病室においてであったが、その際も口中が渇き声は出せないという状態が続いていた。同日午後一時過ぎ原告の父の訴外古田軍次が同病院を訪れた際も原告は筆談をせざるを得なかった。

原告は、同日岐阜病院を退院して直ちに岐阜県立病院に入院し、六月二日に同病院を退院したが、満足に声を発することができない状態が継続し、同月二〇日に訴外奥医師の診察を受けた際嗄声の症状を訴えている。

その後も嗄声は一向に回復しないので、原告は六月二六日には右県立病院耳鼻科の訴外山本医師の診察を受けたところ、左反回神経が麻痺していると診断された。

2  《証拠判断省略》

三  本件嗄声の原因

1  《証拠省略》を総合すれば次の事実が認められる。

(一)  原告の症状としての嗄声は声帯麻痺によるものであるところ、声帯麻痺の原因としては、一般的には左記の各事由がある。

(1) サルコイドーシス(類肉腫に似た病変がリンパ腺等に現れる原因不明の進行性疾患)による反回神経圧迫

(2) 胸腺腫瘍による筋無力症

(3) 縦隔腫瘍に伴う反回神経の侵蝕病変

(4) 手術等の際に物理的外力を加えられたことによる反回神経の損傷

(5) 精神的原因(ヒステリー症)

右のうち(1)ないし(3)についてはいずれも本件原告の声帯麻痺の原因とは考えられず、その根拠は次のとおりである。

(1) (1)については前記の訴外奥医師がこれに対する治療を試みたが自覚症状、他覚症状ともに変化がなかった。

(2) (2)については、本件検査において胸腺腫瘍に到達していないし、前記奥医師が筋無力症に対する治療もなしているが全く変化がみられなかった。

(3) (3)については、本件検査前のレントゲン撮影の結果等がその可能性を示唆していたのでまさにその究明のために本件検査がなされたのであるが、異常は認められていないし同四八年三月四日原告が愛知県ガンセンターに入院し精密検査を受けたところ、開胸を要するほどの積極的所見は認められず上縦隔の陰影は腫瘍を思わせるものではないと診断されている。

((5)については原告の嗄声が心因性の運動障害によるものであることを疑うべき資料は見当らない。)

(二)  縦隔鏡検査により発症する嗄声は、二、三日、長くても三か月以内に回復する一過性のものがその大部分を占めるが、かような一過性のものは全身麻酔のための挿管により生じた声門浮腫が原因の発声障害あるいは縦隔鏡の刺激によって発生した炎症が反回神経に影響して声帯の麻痺を来した場合の症状であって、縦隔鏡、鉗子等により反回神経の切断等の神経組織を破壊する損傷を生じたことにより発生した嗄声は改善を望めないものである。

2  前記第二項で認定のとおり、原告には本件検査前嗄声が認められなかったのに、本件検査直後に発声困難をみ、以後嗄声が継続していて、左反回神経麻痺と診断されているものであるところ、右1のとおり1の(一)に掲げた声帯麻痺の原因のうち(1)ないし(3)及び(5)はその原因とは考えられないというのであるから、本件嗄声の原因は(4)すなわち左反回神経の損傷による声帯麻痺であり、かつこの左反回神経損傷は本件検査によって招来されたものであると推認される。

3  右の点につき、被告加藤は、その本人尋問において、原告の縦隔左側には殆んど病変がないので左側は軽く検査をしたのみで深く突込んだ検査をしていないから、想定される左反回神経の存在する位置との関係からいって検査器具が左反回神経に触れることはありえないと供述し、又医師吉松博の鑑定の結果中には、「本件嗄声は縦隔鏡検査による直接刺戟或は損傷によるものとは考え難い。」との判断が示され、証人吉松博の証言中にも本件検査にあっては左反回神経損傷の機会なく嗄声の原因とは考えられないとの供述がある。

しかし、すでに認定の原告のレントゲン写真では右側のみならず左上にも陰影がみられてその原因も当然検査の目的となっていたし、左気管気管支移行部リンパ節の生検も行われている事実及び前掲甲第五号証、乙第五、第六号証及び第一一号証の二と被告加藤本人尋問の結果中の右供述部分以外の部分によって認められる、左反回神経は左迷走神経から分岐して左大動脈弓を迂回し、気管気管支移行部付近から、気管固有鞘と気管食道鞘との間を気管固有鞘に接着し、気管左側背部にあたる場所を上行していて、縦隔鏡検査における検査対象として欠かせない左傍気管リンパ節連鎖に沿って走っているものであるところ、被告加藤は気管左側部についても気管固有鞘の剥離をなし左傍気管リンパ節の状況の観察もなしている事実からすれば、本件検査の際検査用器具が左反回神経に触れる可能性は十分あったといえるから、左反回神経を損傷する機会の存在を否定する右各証拠は、いずれもにわかに採用できない。

そして、他に右2の推認を妨げるに足りる証拠はない。

四  被告らの責任

1  被告加藤の過失

縦隔において左反回神経が存在する位置、なかんずく気管との関係は前記三3に認定のとおりであり、《証拠省略》によれば、縦隔鏡検査法は昭和三四年にカーレンスにより発表されたもので、その後日本を含む世界各国で次第に広く行われるようになって今日に至っているものであること、及び本訴において証拠として提出された文書のうち右検査法の紹介文献七例をみても、いずれも縦隔鏡検査の合併症(偶発症)の一として反回神経損傷(麻痺)を示し、慎重細心な操作を心掛ければ反回神経の損傷の回避が可能であることを指摘しており、右の点は本件検査時以前から縦隔疾患の診療に携わる医師にとって常識となっていたことが認められるから、被告加藤は本件検査を行うにつき、気管、反回神経等の臓器の解剖学的位置関係を常に念頭に置きつつ慎重な手技のもとに検査を施行して反回神経の損傷を避止すべき注意義務を負っていたというべきである。

しかるところ、本件検査の結果、原告の左反回神経の麻痺が生じておりこの麻痺は左反回神経の外力による損傷によるものと解するほかないのであるから、本件にあっては証拠により被告加藤の施術上の不手際を具体的に確定しえないものの、すでに認定した本件検査の内容、方法に照らし、剥離又は生検に際し鉗子等により神経組織の破壊を招くような物理的外力を原告の左反回神経に加えてこれを損傷したものと推認することができ、この点に前記注意義務懈怠としての過失がある。

2  被告国の責任

これまで認定したとおり、被告国は、原告との間で縦隔鏡検査を実施することを内容とする診療契約を締結し、岐阜病院において被告加藤を履行補助者として本件検査を実施したが、右1に判示のごとき被告加藤の過失ある行為により原告に右検査の合併症(偶発症)としての嗄声を発症させたものであるから、被告は債務不履行の責任を免れない。

五  原告の損害

1  《証拠省略》によれば次の事実が認められる。

原告(昭和一四年一一月一〇日生)の左反回神経は現在完全に麻痺しており、左側声帯が呼吸時、発声時ともに全く動かないといってよい状態であるが、これに対する有効な治療方法はないのが現状である。このため原告は、発声が著しく制限されて大声を出すことは不可能であるし、長時間会話をしていると疲労がはなはだしく、首、肩さらには背中に痛みが出てくる。原告は本件検査を受けた当時鉄工所を自営してせん盤、ボール盤加工等をしていたが、右のとおり長時間の会話が不可能となって商談もうまくいかず、また体力減退等のため昭和五一年に右鉄工所を閉鎖した。

2  逸失利益

前記反回神経麻痺の後遺症による原告の労働能力喪失率は前記認定の障害の程度からみて三五パーセント相当であると解される。しかして、本件検査後岐阜病院を退院した日の翌日である昭和四七年六月一日以降の一年ごとの原告の得べかりし収入は、賃金センサス全国性別・年令階級別平均給与額表(一般労働者)にあらわれた同年令の男子労働者の各年間給与額を下廻らないと認められるから、これを年次別に示すと次のとおりとなる。

昭和四七年 一四四万三八〇〇円

(三〇歳ないし三四歳の区分)

同 四八年 一七一万八七〇〇円

(右同)

同 四九年 二三九万七〇〇〇円

(三五歳ないし三九歳の区分)

同 五〇年 二七三万五九〇〇円

(右同)

同 五一年 二九八万九三〇〇円

(右同)

そこで同五二年以降は同五一年度と同額とし、原告が満六〇歳に達する年の昭和七四年末まで就労可能とみて、各年の得べかりし収入額につきそれぞれ労働能力喪失率三五パーセントを乗じ、ホフマン方式により年五パーセントの割合の中間利息を控除すると(計算式は別表のとおり)、逸失利益の障害発生時における現価は総額一七二五万四〇七四円となる。

3  慰謝料

右1に認定の事実、《証拠省略》により認められる、原告は嗄声の原因究明及び治療等のため岐阜、名古屋の各大学付属病院等に入通院して鉄工所拡大のための貯蓄もすべて費消してしまったし、又嗄声のため他人との交際等も円滑にゆかず、消極的になってしまったとの事実その他本件後遺障害の内容、程度、その原因、原告の年令、境遇など本件にあらわれた諸般の事情を考慮すれば、原告は多大な精神的苦痛を蒙っておりこれを慰藉すべき金額としては三〇〇万円が相当であると認められる。

六  結論

以上の次第で、被告らは原告に対し各自金二〇二五万四〇七四円及びこれに対する本件訴状が被告らに送達された日の翌日であることが記録上明らかな昭和四九年九月一四日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よって、原告の本訴各請求は右の限度で理由があるから正当として認容し、その余は失当であるからいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用し、なお仮執行免脱の宣言は相当でないのでこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 秋元隆男 裁判官小島寿美江、同長谷川誠はいずれも転補につき署名捺印できない。裁判長裁判官 秋元隆男)

〈以下省略〉

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